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最高裁判所第三小法廷 昭和63年(行ツ)146号 判決

上告人

木下英治

右訴訟代理人弁護士

前野宗俊

吉野高幸

高木健康

住田定夫

配川壽好

下東信三

江越和信

荒牧啓一

河邉真史

前田憲徳

被上告人

北九州市長 末吉興一

右当事者間の福岡高等裁判所昭和六一年(行コ)第三〇号懲戒処分取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年五月二六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人前野宗俊、同吉野高幸、同下東信三の上告理由第一点について

地方公務員法三七条一項の規定が憲法二八条に違反するものでないことは、当裁判所の判例(昭和四四年(あ)第一二七五号同五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号一一七八頁)とするところであり、これと同趣旨の原審の判断は正当である。論旨は、採用することができない。

同第二点について

結社の自由及び団結権の保護に関する条約(昭和四〇年条約第七号、いわゆるILO八七号条約)は公務員の争議権を保障したものとは解されないから、所論憲法九八条二項違反の主張は、前提を欠き、失当である。論旨は、採用することができない。

同第三点について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人に対する本件懲戒免職処分が社会観念上著しく妥当を欠くものとまではいえず、懲戒権者に任された裁量権の範囲を超え、これを濫用したものとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官伊藤正己、同坂上壽夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。

地方公務員法三七条一項の規定の合憲性及び右争議行為禁止規定に違反した者に対する懲戒権の行使について私の考えるところは、基本的には、最高裁昭和五九年(行ツ)第三六号平成元年四月二五日第三小法廷判決(裁判集民事一五六号登載予定)における私の反対意見及び補足意見の中で述べたとおりである。すなわち、私は、右争議行為禁止規定は法令として合憲であり、このことは、最高裁昭和五二年五月四日大法廷判決・刑集三一巻三号一八二頁(名古屋中郵判決)の提示する四点の論拠、とくに公務員等の職務の停廃は直ちに公務の円滑な運営を阻害し、ひいては公共の利益を損なう可能性が強いという理由により基礎づけることができるものと考えているが、そうであるとしても、右禁止違反に対する制裁措置は、必要な限度を超えないように慎重に決定されなければならず、とくに、争議行為の違法性の程度は、憲法二八条に定める労働基本権の尊重により保護しようとする法益と地方公務員法が職員について争議行為を禁止することによって実現しようとする法益との比較衡量により、両者の要請を調和させる見地から、争議行為の目的、内容、態様、影響、争議行為に至るまでの当局側の対応の仕方などの諸般の事情を勘案して評価すべきであり、懲戒処分を行うかどうか、行うとしていかなる処分を選択するかについては、右争議行為の違法性の程度と均衡を失することのないように決定されなければならないと考えるものである。

原審の確定した事実関係のもとで本件についてみるに、本件争議行為は、本件財政再建計画に含まれる、病院に勤務する単純労務職員二六六名という多数の者の分限免職、勤務条件の改正等に反対しその撤回等を求めて行われたものであり、その目的自体は、およそ労働組合にとって最も重要なものであって理解できないものではない。しかしながら、本件争議行為は、すでに昭和四二年一二月に右財政再建計画が市議会で可決されたのち、昭和四三年二月二三日、三月一五日、同月二一日の三波にわたって行われたものであり、その態様は、終日職場放棄、職員及び市民の庁舎への入庁阻止、市議会の審議妨害などであって、市の業務の正常な運営を著しく阻害したものであり、しかも、それに関連して各職場において、暴力的行為を伴う管理職員のつるしあげなどが多発したというものである。そして、上告人は、北九州市職員労働組合本部会計監事及び同組合小倉支部総務分会書記長の組合役職にあって、同年一月三一日から四月一三日までの長きにわたり、断続的に、争議行為を指導、あおり、そこに自ら参加し、ときには暴力的行為に及び、また、職務を放棄し、とくに同年三月一九日には、組合員約八〇名を指揮して市長に対し暴力的行動に及び、全治一か月の傷害を負わせて、のちに罰金八〇〇〇円に処せられたのである。

このような本件争議行為の態様、影響、上告人の地位、役割、行動に照らしてみると、私の立場に立っても、上告人に対する本件懲戒免職処分が裁量権を濫用したものとはいえないと考える。

裁判官坂上壽夫の補足意見は、次のとおりである。

私は、地方公務員法三七条一項の規定が憲法二八条に違反するものではないとする法廷意見に賛成するものであるが、右争議行為禁止規定を合憲とする論拠については、最高裁昭和五二年五月四日大法廷判決・刑集三一巻三号一八二頁(名古屋中郵判決)が公務員の労働基本権の制限、争議行為禁止規定の合憲性に関して説示するところと異なる見解を有している。すなわち、私は、右争議行為禁止規定の合憲性が肯定されるのは、地方公務員の従事する業務は国民全体の利益と関連を有するものであり、現実に地方公務員の罷業、怠業等が国民生活の利益を害し、国民生活に重大な影響を及ぼすおそれがあり、国民全体の利益を擁護するためその争議行為を禁止することもやむをえない措置として是認できるからであると考えている。したがって、争議行為禁止規定に違反する行為の違法性の程度は、国民生活全体の利益と労働基本権を保障することにより実現しようとする法益とを比較衡量して両者を調整する見地から、当該行為が国民生活に及ぼした影響、争議行為をなすに至った経緯、その目的等の事情を考慮して判断することが必要であり、右違反者に対して課せられる制裁としての懲戒処分は、右の観点から必要な限度を超えないように、当該行為の違法性の程度に応じて慎重に決定されなければならないと考えるのである(最高裁昭和五九年(行ツ)第三六号平成元年四月二五日第三小法廷判決・裁判集民事一五六号登載予定における私の補足意見参照)。

しかしながら、右のような私の考え方に立って本件をみても、本件争議行為は、その態様、行われた期間等からみて、市の業務の正常な運営を著しく阻害し、市民生活に多大の影響を与えたものであることは明らかであり、そのほか、本件争議行為における上告人の役割、行動、特に上告人が本件争議行為に関連してときに市長等に対し暴力的行動に及んだこと等を考慮すると、上告人に対する本件懲戒免職処分が裁量権を濫用したものということはできない。

(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己)

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